【おきなわごころ】「おきなわごころ」を書く理由って? | おきなわごころ、かみさまとの暮らし方
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【おきなわごころ】「おきなわごころ」を書く理由って?

【おきなわごころ】「おきなわごころ」を書く理由って?

はじめまして!今度、「おきなわごころ」を始めた珠子です。娘2人、息子1人を育てています。…ってそんな珠子が始めた「おきなわごころ」と言われても、チンプンカンプンですよね。

このサイトは、沖縄ならではの旧暦行事や法事などの「拝みごと」や「暮らしごと」を中心に、いつしか40歳になるであろう、娘達に向けて書いています。

「でもなぜ今?」と聞かれますが、拝み人にしか分からない、娘達に御願や歳時を残していきたいほどの魅力があるんです。そこで今日は、娘達に残したいほどの拝み人の魅力は何なのか、体験談をお話します。


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【おきなわごころ】
「おきなわごころ」を書く理由って?

珠子の拝み方

とある沖縄の海の街に新居を構えた日、潮水でヒヌカンを洗い乾かして拝み、ミースマース(味噌と塩)も供えて手を合わせました。あれからヒヌカンは、大切な相談相手です。

【 ある日、先輩ママに言われて… 】

★ そんなある日、「長女がなかなか起きなくって…」などなど、心配事をとある先輩ママに話していました。

・ するとそのママが「ユタさんに言われて、毎朝、観音経と般若心経を唱えているよ~。」と言うんです。

何となく「これだ!」と思い観音経と般若心経を調べて印刷し、毎朝ヒヌカンのご飯とお水、時にお酒やお塩を取り換えてヒラウコーを拝し、唱えるようになりました。

沖縄の御願文化は「民間信仰」

沖縄はもともと琉球王朝だったので、琉球王朝の信仰や御願文化があります。「琉球神道」などもありますよね。その歴史も拝みを捧げる毎日のなかで、とても役立ち、助けてくれます。

【 沖縄の御願文化は民間信仰 】

★ ただ、沖縄で旧暦と共に暮らしていて実感するのは、沖縄の御願文化はユタさんやおばぁの「口伝」によって伝えられてきた、民間信仰と言うことです。

・ 「〇〇(集落の名前)はねぇ、首里から流れて来た人たちが住みついた場所だから、拝み方は違うよねぇ。」なんて、おばぁから聞くこともあります。

…確かに沖縄の「拝み方」は、地域によっても違う、さらに人によっても違うことが多いです。(例えば、「洗い米」の解釈など)だから大切なことは、基本を理解しつつ、「自分がどう拝むか」なのかもしれません。

誰でも「拝み人」にはなれる

時々、神様や故人と通信ができる、ユタやノロ、神人に憧れる方がいますよね。ユタになるのには「カミダーリ」があるなど、大変な工程があって、神様から示されてなるもの…、でも「拝み人」は違います。誰でもなれちゃうのです。

【 拝むことの魅力 】

★ 毎日神様へ拝みを捧げていると、不思議と小さな泡がはじけるように自分の気付かなかった気持ちがプチプチと弾け、最後には、全ての想いが通り過ぎて「無」のようになります。

・ そうするとなぜか「流れに任せる」ことができて、子どもの事、お金の事、夫婦の事…、今起こっている事や人に振り回されなくなりました。

ついつい子どもにお小言を言ってしまう…、不平不満を口にしてしまう…、そんな「あー!やっちゃった!」が少しずつ落ち着き、落ち着くとなぜか家族も穏やかになり…、と何だか楽になりました。

チャンプルーな民間信仰の魅力

沖縄では例えば葬儀の時、檀家制度はないものの、近所のお坊さんにお願いをして読経供養を行いお焼香もしますよね。けれども一方で、納骨時にはユタさんにお願いしたり、自分達で御願を行うこともあります。

【 自分の神様を信じられる魅力 】

★ 「理由はないけれど、神様はいると思う」「きっと(亡くなった)おじいちゃんに守られているから、大丈夫な気がする」そんな気持ちってありますよね。

・ でもお寺の檀家に入って会合に行ったり、どこかの宗教に入って…、と言うものでもない…。そんな時、沖縄の民間信仰は、自然に暮らしに息づいていることも魅力です。

先ほどの例でも、本州では「神教」に近い神羅万象の神様(火の神ですから)であるヒヌカンに、観音経と般若心経を毎朝唱えているんです。

ちょっとチンプンカンプンと思う方もいるのかもしれません。けれども、ヒヌカンや亡くなった父(御先祖様や守護霊様)に守られている気が、確かにします。

子ども達に残したい!

どんどん無宗教になりつつある日本ですが、昔から自然と親から子へと「お天道様(おてんとさま)」などの神様が息づいていますよね。

「嘘を付いても、お天道様は見ているよ!」なんて言われると、やっぱり悪いことはできません。

【 珠子が子ども達に残したい理由 】

★ 宗教から自由になること…、それも素敵なことですが、年齢を経て大切な人との死別や困難…、時には自分の頑張りではどうにもならないことも、たくさん起きてきます。

・ そんな時に何も信じるものがないと、心の拠り所がなくなって、グラングランになってしまうかもしれません。「その時、もう頼れる母(などの頼れる身内)がいないと、どうなるんだろう…。」そう思うことはありませんか。

毎日拝んだり、神様の存在を「言われてみれば…」くらいでも信じることで、「神様に愛されている」「私は大丈夫」と言う気持ちも産まれます。

そして、母が神様に拝んでいると、自然と「神様がいるんだ」と無意識に思う子どもは多いんです。…それに、家のお母さんが安定して穏やかでいると、なぜかその家族も安定して幸せに暮らせる気がします。

 

どうでしたか、今日は最初に私、珠子のエピソードと「おきなわごころ」を始めた理由、娘達に引き継ぎたい理由を話してみました。

実は以前に、「子どもに残しておけば良かった!」と後悔しながら、病院に駆け込んだ事件があったのも一因です。(…って言っても、超~腰が痛くて救急車を呼んだものの、二日入院してケロッと帰っただけ(笑)!)

それも、今「おきなわごころ」を始めた理由です。娘達へ贈るおきなわの拝みサイトですが、幸いなことに珠子は現役の絵描き!…と言うことで、絵もいっぱい入れてできるだけ分かりやすく伝えていくつもりです。

ぜひ「こんな拝み方もあるんだなぁ~」と、ひとつの参考にしてください。

まとめ

おきなわごころを始めた理由
・沖縄には口伝で伝わる民間信仰が残っている
・ユタになれなくても、拝み人にはなれる
・拝むことで得られる穏やかさがある
・人の暮らしに寄り添った民間信仰の魅力がある
・困難にぶつかった時の心の拠り所となる
・拝みを続けることで、軸ができて振り回されない


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